昭和43年01月15日 朝の御理解
御理解 第78節
「神の機感にかのうた氏子が少ない。身代と人間と達者とがそろうて三代続いたら家柄人筋となって、これが神の機感にかのうたのじゃ。神の機感にかなわわぬと身代もあり力もあるがまめにない。まめで賢うても身代をみたすことがあり、また大切な者が死んで、身代を残して子孫をきらしてしてしまう。神のおかげを知らぬから、互い違いになってくる。信心して神の大恩を知れば、無事達者で子孫も続き身代もでき、一年まさり代まさりのおかげを受けることが出来るぞ。」
神の機感、いわゆる神様のお心にかのうたと、家柄一筋となって、それが神の機感にかこうた氏子と。それは人間がでけなければならん。ね、まめでなからなければならない、健康でなからなければならん。同時に身代がでけなければならん。財産である。ね、それが一つ狂うても、人間の幸せではない。真実人間の幸せ、それが神の機感にかのうた。神の機感にかのうた氏子が少ない。ね、
しかも親、子、孫、三代続いたら神の機感にかのうたのじゃと仰るですね。ですから金光様の御信心の本当の信心の教えを元にして、おかげを頂くということは、そんなにひとつ時代も必要である。親、子、孫しかも三代が、ね、しかも人間と身代と達者が揃うて三代続かなければ、神の機感にかのうた氏子とは言えない。そういうようなおかげを受けておられるところが、やっぱありますですね。
第一金光家などはそうでございますね。段々家繁盛、子孫繁盛になって行くのです。ひとつその神の機感にかのうた氏子、神様のお心にかのうた信心をさしてもらわなければいけません。私一代じゃいけません。目先のことだけじゃいけません。その目先のこと、私のこと、そのことも一つ一つおかげを受けて行って、愈々神の大恩を知らなければいけません。最後のね。互い違いになってくる。
信心して神の大恩を知れば無事達者で、子孫も続き、身代もでき、一年まさり、代まさりのおかげを受けることができる。ですからその神の大恩を知って行かなければならない。それはやはり、自分のこと目先のこと、もうそれを様々な意味合いで頂きましてから、それが神様のおかげを頂かなければというところに達してない。神の大恩を知って、所謂神恩奉謝の生活が出来るようになる。
しかもそれが、親、子、孫三代続いておかげを頂いたらそれが神の機感にかのうた氏子じゃとおっしゃる。ですから私どもはその初代、ね、親子孫というなら、結局その親の信心、私が初代なら、私がそういうひとつの基礎というものを作っとかなければならない。皆さんがそういう信心の基礎を作っとかなければならない。ね、目先のことで幻惑されてはならない。迷わされてはならない。
そういう大変な信心のです、ね、基礎作りをさして頂いておるのでございますから、本気で信心のなんたるかと言うことを分らしてもらって、その信心の道をいよいよ迷わず、失わずに末の末まで教え伝えていけれる信心を頂いておかなければならないということです。昨日、時折参って、月、何回かぐらい参って来る。森部の高山さんが、高芝さんたちからお話を聞かれましてね。
一辺とにかく合楽の金光様に参ってごらんなさい、と言われて、浮羽郡の方で大変手広くその苗木とか植木をしておられる方なんです。御主人も参ってくる、子供達も参ってくる。お母さんも参ってくる。それがどうしたことかですね、最近その商売がいわゆる左前、非常に繁盛した時代もあったんですけれども、思うようにいかないわけですね。もう植木屋さんならどこでも儲かるといった時代があった。
ところがそうではない。でそのま、深刻なですね、同時にまた困ったことにはですね、あの子供さんたちがノイローゼ気味なんです。娘さんもそれから息子さんも、ほら自分で車でも運転してこられるくらいですから、そうないけどもお話をしてどると、あちょっとおかしいなとこう感じる。最近はそのお母さんが息子さんを連れましてから、とてもこの人、嫁ごなっとん持たしてからよかろうということになってですね。
まあ、あっちこっちその嫁さんの候補者を、が、それを手当たりしだいにその、ま、貰い受けようと言うことになって話が進んで行くけども、みんなそれが崩れてしまう。昨日もやはり先日からお願いしとりましたつが崩れましたからと言うてお願いに見えられた。親子で、で、私神様に御祈念さして頂きましてですね、引きなさんな?、急いじゃ事をし損じますよ。ね、おかげは必ず頂けるのだから、ね、
いままででけ損なうたつが、これでできじゃったというならね、それはほんとのほんとうにあなたが一生幸せになるために結婚生活に入られる。皆んなそれはひとつの飛び石伝いなのだから。そこんところを大事になさい。あわてなさんな。まこれからいくつ崩れたっちゃ構わん、と言うような気持ちでかかりなさい。急ぎなさんな。と言うたらですね、息子さんがどこをどう感じられたかしらんけども非常に感動されました。
・・てからはい待ちます。もうゆっくり掛りますと言うような。もう今まではですね、お母さんと参って見えても、私の話をほけんごとしてからあっちどん眺めてから、そのような感じでした。その昨日は非常にその急ぎなさんな、急いたら事をし損じる。ね、ほんとにあなたが一生の伴侶としてですね、ほんとに幸せな結婚生活にはいって行くような適当な人を下さるための、これは一つの過程なのだ。飛び石伝いなのだ。
だからその飛び石もこう飛んでいきよらなければですね、そこんところに到達することはできんのだ。だからそのことを大事にしていかなければいけません、と言うてお話して親子ともども安心して喜んで、ま喜んで帰られました。始めて私の話を聞いて何かが心に触れたんでしょう。非常に感動して、特に息子さんは帰られました。と言うようにですね、ひとつのおかげを頂くんでもやはり飛び石伝いというのがある。ね、
やはり過程ていうのがあるです。ね、信心でもやはりそうです。昨日でしたか、一昨日でしたか、高芝のお母さんがお届けしとりました。先生先日のお月次祭の帰りでございます自動車の中で、一番下の盛昭君ですね大学に行っとります。一緒に車に乗って行きながらお母さん僕は、ほんとにどうして親先生のあのお話が今まで分らじゃったじゃろうか。その親先生の信心ていうか、そのお話がこの頃分かるようになった。
それを聞いてから、ま、大変感動しましてですね。ほんとにいつの間にか、こうおかげ頂いて、お引きたて頂きよる。ずいぶん参っても来た。親に連れられて、子供の時から参って来た。けどもその信心の有り難さとかですね、お話なんか耳に全然ついてなかった、ただ聞いとっただけであった。けど、どこにどう感じたか知らんけれども、僕はこのごろ親先生の話が少し分かるようになった。
どうして早うこれが分らじゃったじゃろうかと言うてその不思議がるくらいである。ね、昨日は、盛昭君がおばさんたちは自動車で参ってくるわけですけども、歩いてから、昨日は雪の降る中をお参りして来た。もうすでにそこに修行、信心の有り難さではなくて、もう次にはもう信心の修行の有り難が少しは身に付いて来よる。もうこう言うのを、以前はほんに馬鹿どんがち思いよったに違いないですよね。
もう英治どんがてんで朝早うから参ってからち思いよったに違いはないです。そいで修業どもしょうとみたらおかしかったに違いないです。何のためにこの寒かつに朝から参らんならんか、眠かつこらえて。しかもこの寒かつに、それを歩いてでも参るていうたら、いよいよ馬鹿んごと思うたり言うたりしておったに違いはない盛昭君が、それを自分がさせて頂くことが有難うなって来た。
昨日は学生会でございましたから、ここで今一人一人が、あの会長の上野さんがそれをお届けをするんです。今日は先生、先生の先昌なしで僕たちだけでやりますからとこう、ご祈念を。さあ、盛昭君が気合いがいっとるけん、お前が先昌せろ、おい、ちゅうてあらためて、普通ならあれが、ここに有り難いがない時ならできるこっちゃないです。あの先昌ていうのは。
ここの総代さんたちでんほんというたら、先昌せろちゅうたって出来る総代さんなごろごろおらんです。難しいんです一番初めに高天原だけれどもですね。あれにみんなが付いて行くために、一番初めに先導するわけです。中々出来るこっちゃないです。それを心の中に一つの張りきったものがあるもんですから、よし俺がならやろうというて盛昭君が先昌して、もうそれこそもうお広前が割れるような声を上げて。
皆さんがですね、ご祈念をしておるです十何名かでした。昨日は。ね、その時ですね、参り合わせてきた人は、そげん御理解どん頂きよるだんじゃないですよね。もうわりわりいうような大きな声で大祓いを奏上しておりますから。けれどもですね、御理解を頂くよりも、もうとにかく有り難そうにしてもうただ見とれておるだけ。はあ、若い方達が、というわけなんですよね。
昨日一昨日あのお湿りのなかから、秋永先生とこの一番下の英治君が自転車で参って来とります。福岡から、しかも風が非常にひどかったけれども、お湿りがあってなかった。途中から雨が降り出した。もうそれこそ濡れしぼたれで参って来た。それは親先生の洋服を借りてから下着からこう変えなければならんほどに、ね、途中から帰ろうではなくてです、それだけ向こうた心をそのまま合楽へ合楽へとこう向こうて来た。
まあだ、それこそ、二十歳になるかならんかの若い人たちがですね。そうして一生懸命に心を神様に向けていく。というてなら、この人の信心がでけておるということじゃないのです。ね、ここでも、まあ、総代さん方を除いてここの中堅て言うかね、もうこの人ちがおるからと言われるぐらいなご信者さんがたがですね、たとえばこの寒修行に参加しない。そら決して信心が点火しておくはずはないのです。
信心が進んでおるひとつの姿なんです。ね、ですからあの人たちが参らん、だからそれを責めるわけにはいかんのです。若先生がそれを言うとります。あの人たちがお参りをしないというのは、あれは合楽のまだ底力だ、と言うております。また私もそんなものを感じますですね。ま、言うなら、はばかりながらですね、その信心が段々根が入って来たんです。ね、大根なら大根の根がこう生えて来た。
白い大根、ね、いうなら葉も根もこうでけた。けどもそれはどこまでも大根なんだ。ほんとの苦労というものがない。これから本当の人生の様々な苦労に直面するとき、とにかく朝参りでもしなければおられないと言う所に直面する。ね、そして今までの信心じゃいけんぞ、ほんとの信心を身に付けて行かにゃいかんぞ、いわば徳だ力だと言う様なものに、を感じる様になって来るに違いないと私は確信しておるですね。
過程なのです。子供でもそうでしょうが、もう十五、六になると抵抗期と言うのがある。親が右ちいや、しやっち左ちゅうごとある。もうその人にだから参ろう、参ろうちゅう間は絶対参りゃせん。もう親父がそんなこつ言う間はおれは参らんち、ほうからけとくと参ってくる。ね、それこそ盛昭君、雄二君じゃないけれどもです、ね、自分からその気になってくるようにです、段々おかげを頂いた。
そういうひとつのその過程をね、大事にしなければいけません。ね、必ずそういう過程を踏んで信心が成長していくのです。昨日、熊本の日奈久教会の富永先生たち夫婦で久しぶりで参って見えた。この頃毎月月参りがありますけれども、奥さんがお参りになる。体が弱いんです。もうそりゃもうほんとに弱いんですね。もう体全体が、その良いところないというぐらいにある。
ただ、ほんとにあの金光様だから止まっておるわけです。最近おかげを頂いてから、長年十五年ぐらい、布教所時代が続きましたけれど、おかげでようやくその教会になられた。ね、ご信者さんがたも段々と増えるようになってきた。今日は先生ご信者さんがたが、二、三人集まりましてから、合楽にお例にでられるなら、もう正月から出てないからていうて話しましたら、なら先生あなた方御夫婦で出て下さい。ね、
私どもがその間二、三人で留守番しとりますけんよございますが、先生ご夫婦で行って下さいと言うてしきりに進めてくれますから、今日は家内と二人でお礼をさせえて頂きました。ほんとにおかげを頂きましてから先生、もうほんとに信者がね段々その様に育って行くわけです。ね、有り難い同時に最近教会にならして頂いて、教会長何なんと言われるようにならして頂いてから、私は分らして頂いたことはですね、
もういよいよ自分の力ではどうにもできないということでございます。先生、実は今日夫婦揃うて参りましたのもです、こりゃもう合楽に御すがりするほかにないぞというところにぎりぎりの線が出てきた。このことは親先生にようとひとつお願いをさせて頂いて、このことから、このことから一つおかげを頂いていこうということになってまいりました。というのはです、ね、
あちらでは月に一辺づつ、その五巻か十巻かあのテープを借って行かれるんですね。もうそれをですね、繰り返し繰り返し先生自身が頂かれるそうです。体が悪いですから悪くなるとテープ借りてくる。そすとおかげ頂く。ですからもうこれはもう私共よりも綿密にですね、いついつはああいう御理解があったんで、ああそういう御理解がありましたかな、というくらいにその御理解を頂き込んで行かれておられる訳ですね。
そしてですねその分らされたこと、いわゆる私がいよいよ合楽におすがり、私ども夫婦はおすがりして行かなければできないということに到達したというのはです、先生がおかげを頂かれ力を受けられたのはですね、それは甘木の初代が御物を根限り大事にされたようにです、ね、一滴の水でも天地の親神様の御物ぞ、一粒の米でも神様のお恵なしに出来るものじゃないのぞ、と。
反古紙一枚でも大切にせろやと言うて、教えられ、自分もそこに徹底された。神様の御物を大事にされたようにです、こちらの先生は、御事柄を大事にしておいでられて今日のごひれいがあるということが分った。私はそれを聞かせてもらいましてですね、なるほど御事だなと私は思ったんです。事柄だけじゃ、事柄じゃないです。御事柄なんです。問題、御問題なんです。ね、
その御事柄をです、先生は徹底御大事にされて、今日のごひれいを頂いておられるがです、御物を大事にするということはその気になりゃできんことはなかて言うわけです、ね。水一滴でも大事にいかんぞ、お米一粒でも大事、いやお野菜ひと切れでも御粗末にしちゃならんぞというのは、もうその気んなれば出来んことはないばってん、御事柄というものを大事にする事の難しさに直面致しました。
そこにその壁にぶつかった。問題が次々と起こってくる。教会設立についてはもう大変な問題があったそうです、やはり。ね、けれどもですね、その?事柄がですね、そのそれを合掌して受けて行く、または元気で受けて行く、ね、またその成り行きに逆らわない。成り行きに任せる。そのことの難しいということにですね、夫婦のものがもうびっくりするほどにもう難しさに直面致しました。
だからこれからは、その先生のご信心におすがりしてここんとこが頂けていけますようにお取次ぎを願いますというのでございました。・・さんの信心がですね、どのような道すがらをにです、問題があっても事柄ががあってもです、その問題を事柄をです、御事柄として頂かして頂けれる所まで、信心が成長していくその過程においてです、いま私は申しました様々な過程があるのでございます。
それはそこへ到達するところの飛び石伝いなのだ。いま学生諸君がです、修行の有り難さと言うようなものに生き生きとした心を燃やしておるようにです、まだおかげの力のと言ったようなものじゃないのです。ただ信心と言うことはです、いや少しはお話が心に留まるようになって来たと。こう言う大事な話を今まではどうして自分の心の中に響いてこなかっただろうか、聞きはおったけれども。
それが自分のものにならなかっただろうか、ようやくこんな小さい時から、お父さん、お母さんに連れられてお参りして来て、何十年になるけれども、初めて二十歳ですかね、になって初めてそこが分って来た。分ってきたら今度は自分が求めて修行でもさして頂こうかと心が生まれてくるようになった。さ、信心はそこからなんです。ね、そこからの過程が又・・やら分らんのです。
その過程をお互いがいわゆる飛び石伝い、これはいかにもですお願いしてもお願いしても、ね、その縁談が崩れてしまうんだけども、もうぐらぐらするごとあるけれども、お参りをさせて頂いてから御理解を頂いて、焦りなさんなせきなさんな、ね、ちゃんとおかげは頂けれる。その次々とそのでけ損ないよるごたあるとは、おかげへの一つの飛び石伝いなのだ。過程なのだここを通らなければそこへ到達はでけないのだ。
だからそのことを大事にしていかにゃいけませんよ、と私は申しますこの事がです心に触れなさった感じで御座いましたけれどもです、ね、それが心に感じられる様な信心を頂かなければいけない。その過程をそしてそれが私一代ではない。その信心はですね先日から真の信心、ね、末の末までも教え伝えよという御理解を頂きましたがですね、末の末まで教え伝えれるその信心とは、そういう過程を大事にする信心。ね、
そういう信心から私はほんとの信心の有り難さと言ったようなものが分ってくる。修行の有り難さが分ってくる。これはですね、一月、二月参って、毎朝御理解を頂いとってもですね、なかなかそこに、これにほんと修行の楽しさとかですね、もうお願いせんならんばっかりで参って来よるという人が、随分ありますよ。いくら言うてもですね、心の目が開けんのです。
そしてやっぱり同じことばっかりば、どうぞこのことばお願いします、と言うていつまで経ってもいつまで経ってもそのことの願いのためにお参りをしておるちゅう人がある。そりゃ始めは誰でもそうなんだけれどもです、中々やはり心の目とか心の耳とかいうのはそんなに簡単に開けるものじゃない。ね、ほんとの信心の心というものはです、そう簡単に開けるものじゃないことが分かります。
私はその盛昭君のその話を聞かせて頂いて、それを思いましたですね。だから私がここで歯がゆい思い、はあ、あんたまだそんこつばっかりいうちからと、言うたり思うたりするわけにはいかんなということを思いました。神様は分らして下さる。そうして行きよるうちに。ね、そこから一つ本当の信心を身に付けていかしてもらう。そのほんとの信心が、子供、子供に孫に伝わって、家柄一筋となって、人間もでけ、身代もでけ、ね、達者なおかげも頂かしてもらえれる。
昨日はあの須田博士のことを申しましたように、先生あなたは金光様の信心をなさっておられるが、病気をされた時に、薬を飲まれますか、という質問に対してです、私はここ気にいった?金光様の信心、本当の金光様の信心を頂いておったら病気はしませんよと仰った。薬を飲むようなことはないですよ、と言うほどのですね、おかげが頂けれるはずな、お道の信心は。
家柄も一筋も、家柄一筋になって、人間も身代も達者もです、ちゃんとそれに整うてくるところのおかげを頂かせて頂くための信心の基礎作りなのだ。その基礎、またはその過程をです、大事にしなければいけないということが分るでしょうが。そこでそうしておかげを頂いて行っておるうちに、今御理解の最後のところでございますように、神の大恩を知ればと仰る、ね、
そこから神の大恩が分らしてもらうようになり、神恩報謝の生活がでけるようになり、ね、神の大恩が分れば、人間もでけ、身代もでけ、ね、達者なおかげも頂けれるとこう教えておられるのでございますからね。そこんところのおかげの頂けれるまで、ね、井戸は清水になるまで、ね、七分目、八分目で、ね、まだ濁った水が出るからと言うて止めたらもうそれまでのものなのだ。
どこまでも井戸は清水になるまで芯から根からの、いわば井戸ざらえなら井戸ざらえがでけて初めて、下からまたこんこんと尽きぬおかげが湧いてくるようなおかげを頂かして頂くまでが辛抱なのだ。ね、その辛抱の過程に様々な何にもならなかったような感じの、飛び石伝いと言うのがあるんだけれども、その飛び石一つ一つを大事にしていかなければほんとのところに到達しないということをですね、お互い分からにゃいけん。
どうぞ。